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予告 『7/4(土) 横浜開港記念会館』
- 2009/04/13(Mon) -
横浜上映会の日程が以下のとおり決定しました!!

*****************************
とき: 2009年7月4日(土) 18時半から(18時開演)※
ところ: 横浜開港記念会館・講堂(JR・市営地下鉄「関内駅」徒歩10分)
*****************************

※上映開始時間については変更の可能性があります。
※前売りチケットについては後日ご案内します。

最新状況についてはこちらのブログをご参照ください。


《地図》 横浜開港記念会館

map-1.jpg
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予告篇3分バージョン
- 2009/04/11(Sat) -

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7/25銚子市民センター
- 2009/04/05(Sun) -
7月25日(土)13時半開場、14時開演
映画の上映+αを考えています。
地図
DVDをプロジェクターで映します。
チケット前売り情報はのちほど。
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ドナート - 第二次スーダンロケ
- 2009/04/01(Wed) -
 年に一度、多摩にある大学で授業をしている。といっても今年で2回目、テーマは
「海外に出てみよう」。イランで誘拐されていた中村さんが解放される直前、無神経
な私は海外に出るとこんな楽しいことがあるかもよ、と3コマ計1200人の新入生を前
に話をした。いくらパワーポイントを使っても、60分余を自分の体験だけで話すのは
辛い。ちょうど真ん中頃に、作家達が海外で何を考えたかを紹介した。夏目漱石から
平田オリザまで十数人の文章を引用した。
 そのうちの一つに、こんな言葉があった。
「もちろん泥棒も人殺しもいるけれど、アフリカ人は困っている人を決して見捨てな
い。アフリカ帰りの日本人には、黒人の悪口をいう人が、いっぱいいるけれども、そ
の人たちは困ったことが、とくに生活に困ったことがなく、黒人に助けられたことが
ない人たちである。」(『アフリカ33景』伊藤正孝著 朝日新聞社 1982)

 昨年6月の講義でもこの言葉を紹介した。そのときはまだ他人の言葉として学生達
に語ったと思う。今年は、ドナートのことを頭に浮かべながら話をしていた。
 
 市内での交通手段に困っていた私たちに車を貸してくれたことは前回書いた。その
車は決して余っていたわけではない。スタッフの通勤に使われていたはずだ。皆から
不満は出なかったのだろうかと、今更ながら気にかかる。到着した日の空港からジュ
バを離れるまで、ドナートは私のわがままを全て受け入れてくれた。現地語を英語に
翻訳するために、テレビのある自分の執務室を貸してくれたことや(そのため彼は秘
書の隣で仕事をしていた)、私とヨーコが警察に連行されたときに飛んできてくれた
こと。休みの日にも、何かと私達のキャンプを覘きに来る。きっとまた何かトラブル
に巻き込まれているのではと心配だったのであろう。だけど、注意めいたこと、気を
つけて撮影しろというようなことは一切言わない。

donato1

 昨年の10月、銚子で子供たちの国際交流イベントがあったとき、ドナートとウェッ
ブカメラで話をしようと無謀なことを企画した。オフィスにはインターネットがな
い。今回初めて知ったが、ジュバのネットカフェの通信速度はとても遅い。何度テス
トしてもうまくいかなかったわけだ。本番の前日、知り合いが住む宿舎からつながせ
てもらって、やっとつながった。ドナートの顔が、体育館のスクリーンに大写しに
なったとき、会場がどよめいた。テストを嫌がらなかったドナートのおかげと感謝し
た。
そのイベントをDVDにして、ドナートにプレゼントした。パソコンで見られるはずな
のに、なぜか再生できない。彼はDVDプレーヤーを早速購入した。返ってお金を使わ
せてしまったと当惑した。

 もっとも恩義を感じたのはロケも終盤にかかったころのこと、音楽の契約条件でラ
スコビと揉めたときのことである。彼には○○○ドル(プラス映画の利益の一定割合)
で曲を依頼することで話がついていた。しかしもう100ドル必要だと言ってきたので
ある。スタジオのあるイエイまでの交通費等を見込んでいなかったという言い分が彼
にもあるのだが、それまで約束の時間に電話してこない、こちらからかけてもいない
など「不誠実」な対応が重なっていたため、私はへそをまげていた。拒んだ。
 険悪な時間が流れた後、間に入ってくれたのがドナートだった。「私が100ドル払
いましょう」と言い、「ジェントルマンはこんなことで争ってはいけない」とたしな
められた。

 ドナートは40代前半、内戦中はウガンダ国境近くの町で過ごし、ポリテクで経理を
勉強したと聞いている。事務所のある市の中心部からロックシティに向かう途中に住
んでいる。一度、彼の自宅に寄らせてもらった。ロダの住む集落とは違って、一戸ご
とに敷地の境界がはっきりした住宅街に洋風の家が建っていた。叔母さんと妻、6人
の子供と暮らしている。ピーナッツの皮を剥いていた奥さんのおなかには、7人めの
子がいた。

donato2

 帰国後、ドナートからメールが届く。「HPを作ってくれる約束を忘れないで。」つ
い調子に乗って安請け合いしてしまった。それからこうあった。「子どもが生れた。
ヨーコと名づけた。」
 私も伝えなければならないことがある。ハルツームの飛行機事故のニュースを見
て、去年ウェッブカメラで君と話をした銚子の子が言っていたこと。「ドナートさん
は大丈夫かなあ」って心配していたことを。

ゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞ
大宮直明 OMIYA Naoaki
(写真を付けてメーリングリストNo.129から転載)

後日談:
その後マレーシアに戻ったヨーコから、おめでたの知らせが届いた。
女の子だそうで、「ドナ子」と名付けることにしたらしい。
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マンゴの降る庭 - 第二次スーダンロケ
- 2009/04/01(Wed) -
ジュバに着いた4月21日、その夕は雨が降った。外気はハルツームより10度は低い
のではなかろうか。涼しい。いつからか海外へ出るときに気候を調べることがなくな
り、今回はジュバも暑いだろうと思い込んでいた。予想は嬉しい方向に裏切られ、初
めて見る光景が目の前にあった。

マンゴが降ってくるのである、雨粒とともに。ダチョウの卵ほどの黄色いものが、落
ちてくる。数分に一度、風にあおられた梢のどこからかもぎ取られて落下する。地面
にぶつかったマンゴはドスンと音をたてるので、容易に気づく。時にはテントのフラ
イに落ちていっそう大きな音を響かせる。近所の子供たちがそれをめがけて走り出
す。とったその場で皮ごと丸かじりする。これはマンゴの木だったんだ、前回泊まっ
たときには気づかなかった、と十数張りのテントを覆う数本の大木を見上げた。

manga

インドネシアでもマンゴはよく食べた。ちょっと値の張る会食のデザートには、パパ
イヤ、スイカ、パイナップルの定番トリオの代わりにマンゴが出された。半分に割ら
れ、果肉に切れ目が入れてあった。それをスプーンで掬って食べる。皮はもちろん残
す。それがマンゴの上品な食べ方で、スーパーで買ったのを家で食べるときは皮を剥
いてしゃぶりつき、大きな種にまとわりつく繊維の一本一本を歯でこそげ落とす、こ
れが普通の食べ方だと思っていた。でもジュバでは皮ごと丸かじりが普通だった。

ジャカルタに3年間暮らして、地方へもたびたび出かけたが、マンゴが木から落ちて
くる場面どころかマンゴの木すら見た覚えがない。ボゴールのゴルフ場にはドリアン
の木があり、熟しすぎて落下した実からそれほど嫌いではない香りがした。アチェで
見たランブータンの木は意外に貧弱だった。放射状に繁った葉の幾何学的な美しさ
と、重そうに幹に垂れ下がる実とが不調和なパパイヤもよく見かけた。いったいイン
ドネシアのマンゴの木はどこにあったんだろう。

12月に来るという約束は果たせなかった。しかしそのことを、ロダから面と向かって
言われるとは思わなかった。「クリスマスに来るというから、マンゴを用意して待っ
ていたのに来なかったじゃないか」と、ロダはジュバ訛りのアラビア語かまたはロダ
の部族の言葉であるバリ語で言っている。通訳はいないのになぜか理解できた。「ご
めんごめん」と両手を合わせてひとしきり謝ると、ロダは新しく出来た家からボール
を持って来た。緑や黄のマンゴが5,6個、水に浸してある。私たちが来ることは事
前にドナートが伝えておいてくれたらしい。私は一番熟していそうなのを手に取り、
水気をはらって、スーダン式にかぶりついた。

manga2

皮ごと食べると食べやすい。手が果汁でべたべたしなくていい。さらに当たり前だが
食べでがある。小腹の空いたときには一つ食べればちょうどよい。皮は噛み応えがあ
るのでこれも満足感につながるのかもしれない。肝心の味は、ニュートラルである。
いや、果肉と比較すると味はほとんどないと言ってもよい。しかしこの無味であるこ
とは、甘すぎる果肉の暴走を引き止めている。青い皮は成熟していない渋みもある。
果肉だけよりも数段複雑な味わいである。マンゴの皮は果肉とともに食べられるべく
して存在していると思う。

25日間のジュバ滞在中は、3日と空けずロダの家に遊びに行った。そのたびにマンゴ
を出してくれる。食べている間にも木から落ちてくる。子供たちが争って拾う。宿舎
に帰ってテントで横になっていても、どこかで落下音がする。明日の朝拾って食べて
やろうか、でも、あれを楽しみにしている子供たちに悪いかななどと思いながら寝に
ついた。

manga3

ゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞゞ
omiya

(写真を付けてメーリングリストNo.126から転載)
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